こんにちは!年子パパです。
「主夫になる」と聞くと、ちょっと珍しいと思う人もいるかもしれません。
我が家では、妻が働き、僕が家事や育児を中心に担う形を選びました。
現在は、会社の育休を取りながら、「主夫」としての生活を始めています。
でも、最初から「主夫になろう」と決めていたわけではありません。
仕事が忙しすぎたこと。
不妊治療をしていたこと。
妻の妊娠・出産を経験したこと。
そして、家族との時間について考える出来事があったこと。
いろいろなことが重なって、僕はある日、
「僕が主夫になって育てよう!」
と決めました。
今回は、僕がなぜ「主夫になる」と決めたのか、そのときのことを書いてみます。
この記事で書いていること
- 僕が「主夫になる」と決めた理由
- 仕事と家族の時間について考えたこと
- 妻と話し合って決めた我が家の選択
家族との時間を持てなかった頃
僕は地方の企業で働いています。
給料も決して悪くなく、残業代も出る。
地方の現状を知っている人から見れば、恵まれている職場だと思います。
働いていた部署がとにかく忙しかった…
帰宅するのは22時過ぎで、遅いときには日付が変わることも。
土日も仕事になることが多く、妻とは朝御飯の10分だけ顔を合わせる状況でした…
仕事を頑張ることは大切。でも、
「このままでいいんかな?」
そんな気持ちも、少しずつ大きくなっていました。

年子パパ
「家族のために働いてるはずなのに、家族との時間がないって…なんか変やな」
不妊治療と妊娠で気づいたこと
そんな状況でしたが、なんとか時間を作り、妻と不妊治療を始めました。
妻は薬の副作用などで身体的にも精神的にも負担を抱えていましたが、僕は仕事でそばにはいられませんでした。
その後、ありがたいことに妻が妊娠。
「これから2人で頑張ろう!!」と話をしました。
そう話をしたにも関わらず、妻がつわりで苦しんでいる時も、結局、仕事でそばにいることはできませんでした。
本当は、「もっと支えてあげたい」「家族を大事にしたい」と思っているのに…

年子パパ
「家族を犠牲にまでして、
何のために働いているんだろう??」
面談で涙が出た日
ある日、仕事の面談がありました。
妻の負担のこと、家庭のこと、話しているうちに気づいたら涙が出ていました……
その時、初めて、自分が思っている以上に追い詰められていたことに気が付きました。
仕事が嫌だったから、という単純な話ではありません。
そこで改めて、自分にとって何が一番大事なのかを考えました。
答えは、仕事じゃなく、家族でした。
ただ、仕事を辞めればすべて解決するわけではありません。
家族を養うことも考えなければいけない。
これから子どもが生まれて、家族が増えていく。
そんなことを考えているうちに、
「これからの働き方を変えたほうがいいんじゃないか」
と思うようになりました。
妻は仕事が大好き
一方で妻は、仕事が大好きな人です。
よく、冗談で
「私は仕事したいから、あなたがこどもを産めたらいいのにね~」
と言うくらい(笑)
不妊治療の間、妻は正社員を辞めて、パートで働いていました。
でも、本当はもっと仕事をしたい人です。
それなら、
妻が働き、僕が家庭を支える。
そんな選択肢もあるんじゃないか。
少しずつ、そう考えるようになりました。
「私が育てたら、私みたいになる」
妻は子どもが大好きで、本当に愛しています。
ただ、感情の浮き沈みが激しいタイプで、イライラするとつい強い言葉を言ってしまうことがあります。
妻自身もそれを自覚していて、
「私が育てたら私みたいになる」
と悩んでいました。
妻は、自分の両親の子育てについて、
「両親と同じような育て方で、子どもを傷つけたくない」
と強く思っていました。

年子パパ
「じゃあ、僕が育てればいいんじゃないか?」
もちろん、子育てはそんなに単純なものではありません。
僕がやれば全部うまくいく、なんてことでもありません。
それでも、
「妻には仕事をしてもらって、僕が子どもたちを育てる」
という形は、我が家にとって一つの選択肢になる。
そう思うようになりました。
「僕が主夫になって育てよう!」
そして、妻といろいろ話し合いました。
仕事のこと。
子育てのこと。
これからの家族のこと。
何が正解なのかは分かりません。
それでも、僕たちの中では少しずつ答えが固まっていきました。

年子パパ
「僕が主夫になって育てよう!」
世間ではまだまだ、
「男は外で働くもの」
「妻が家に入って子どもを育てるもの」
という考え方があります。
ただ、そんな形だけが正解ではない。
我が家の場合は、
妻が働いて、僕が家庭を守る。
それでいいんじゃないか。
そう思ったんです。
そして、現在、まずは、「育休」という形から主夫を始めています。
妻は正職員に復帰し、僕は年子の子どもたちを育てています。
「主夫になる」と決めても、いきなり何もかも完璧にできるわけではありません。
家事も育児も、やってみて初めて分かることばかり。
失敗することもある。
思ったようにいかないこともある。
それでも、少しずつ家庭のことを担っていく。
これが、僕の「主夫」の始まりです。
働き方を変えるまでに、我が家でしてよかった3つのこと
ここまで書いてきたように、僕が主夫になろうと決めるまでには、仕事のことも、妻の希望も、子育てへの不安もありました。
振り返って、話しておいてよかったこと、伝えておいてよかったことは、この3つです。
僕は、仕事が忙しすぎて、家族との時間を持てないことに悩んでいました。
一方で、妻には、子どもが生まれても仕事を続けたいという希望がありました。
どちらかが我慢する前提ではなく、お互いがどうしたいのかを出し合って、これからの暮らしを考えました。
妻は仕事が好き。
僕は、もっと家族のそばにいたい。
それなら、妻が働いて、僕が家事や育児を中心に担う形もあるんじゃないか。
我が家では、そう考えるようになりました。
僕は、不妊治療の段階から、面談のたびに家庭の状況と自分の意思を伝えていました。
涙が出てしまった面談もありましたが、仕事と家庭のことで悩んでいることを、職場に伝える機会になりました。
どこまで話すかは人それぞれですが、会社に男性の長期育休を受け入れてもらううえで、家庭の状況と自分の意思を前もって伝え続けていたことが大事だったと思っています。
ここから、「年子パパ、主夫になる」
仕事の忙しさ、不妊治療、妻の妊娠、そして夫婦での話し合い。
いろいろなことが重なって、僕は「主夫になろう」と決めました。
もちろん、どの家庭にもこの形が合うとは思っていません。
ただ、我が家では、妻が働き、僕が家事や育児を中心に担う形を選びました。
現在は育休中で、年子の子どもたちと毎日を過ごしています。
これから先、どんな主夫になっていくのか。
自分でもまだ分かりません。
「年子パパ、主夫になる」
その過程を、ここに残していこうと思います。
